ノンデュアリティ難民をどのように導いているのか

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StarPeople vol.65

StarPeople vol.65

個人である〝私〞は 覚醒における障害物ではない

多数の著書やリトリートでノンデュアリティを教えている覚者のティモシー・フリーク氏。 日本同様にイギリスでも増えているというノンデュアリティ難民をどのように導いているのだろうか。



一一日本では「ノンデュアリティ難民」が増えつつあり、非二元論は難しいと感じる人が多いようですが、どう思われますか。

ティモシー  以前、ノンデュアリティのさまざまなワークショップを体験してきた若いイギリス人の男性が、私のリトリートに参加してくれたことがあります。そして、こんな感想を言ってくれたのです。
「このリトリートにくるまで、ノンデュアリティを学んでいま したが、こう思っていました。 この世に何の意味もなく、何も存在していないのなら、子どもを作る必要なんてあるんだろうかと。でも、今回このリトリートにきて、ティモシーさんの考え方にすごく感動しました。そして僕は、子どもをもちたいと思うようになったんです」。
 イギリスにもノンデュアリティ難民はいます。じつは、私のリトリートに参加してくれる
人のなかに、ノンデュアリティを学ぶうえでよくない経験をしたという人が増えているん です。
 ノンデュアリティの表面上のメッセージは、「目覚められますよ」「ワンネスを経験できますよ」というとても魅力的なものです。
 そして、現代の一般的なノンデュアリティは、「ワンネスに到達するためには、個人は分離した存在で、エゴを手放さなくてはいけない」というアプ ローチが取られます。個人である「私」は覚醒における障害物であるというわけです。その結果、人々は「人生には意味がない」と思ってしまいます。
  このアプローチは、私たちの手助けにならないばかりか、危害すら与えかねません。
  もし私たちが、個人である自分を敵と見なし、破壊すべきエゴをもっていると考えれば、自分のなかで葛藤が起きます。じつはその葛藤こそが覚醒の障害なのです。ワンネスへの覚醒というのは誰もが自然に経験できることなのに、必要以上に複雑にしてしまっている現状があります。
 著書『神秘体験』(ナチュラ ルスピリット)のなかで私は、 ワンネスに目覚めると同時に、 個人としても存在し続ける、両立方法について説いています。 両立することで、ノンデュアリティが本当は何かを理解できるようになるのです。
  私が説くノンデュアリティでは、分離した存在である個人と は、「敵ではなく、ワンネスである私たちが乗っている乗り物である」ととらえます。
 138億年前、ビッグバンが起こり、宇宙が生まれまし た。水素が発生して、物質生成がスタートします。私たちは、 138億年かけて、水素から、 私やあなたに成っていく、進化 の旅をしているのです。
  進化のなかで、私たちは個人という意識をもちました。それが私たちを人間たらしめているのです。そして、自分という個人に意識を向けることによって、すべての存在がひとつであるというワンネスに気づくことができます。
 その気づきは、私という体を通して起こります。私を手放すから起こるわけではありません。



一一なぜ個人に意識を向けることで、ワンネスに気づくのでしょうか。

ティモシー  子どもは親にとって非常に愛おしい存在です。私にとってもそうです。娘は物理的に私と分離した存在ですが、意識では娘とつながっていると感じます。その両方があって、私は娘を愛するのです。そして、その愛は、すべての人とのつながりのなかにも感じることができます。
  つまり、個人という自分をリアルに生き始めると、私たちはノンデュアリティのワンネスという存在であることに目覚めていく。すると、個人の意識に大きなシフトが起こります。それは、すべての存在に対する大きな愛を感じ始めるのです。愛とは、人とひとつになる経験そのものですから。
  つまり、「分離としての個人」も「ワンネス」も、「どちらも」必要なのです。私にとってノンデュアリティのワンネスへの目覚めは、人生を手放すことではなく、深い愛とともに進化の冒険をすることです。
  ノンデュアリティを、分離とワンネス、「どちらも」ではなく、「どちらか」とする視点に陥ると、ワンネスだけに注目した非常にドライな教えになってしまいます。ワンネスは真実の半分に過ぎないので、残りの半分である、私たちを人間らしく存 在せしめるものすべてを否定してしまうのです。
  人生は、上がったり下がったり、内側に行ったり外側に行ったり、喜んだり苦しんだり、そうしたダンスをするようなものです。しかし、現代の一般的なスピリチュアリティは、その目的が喜びだけを手に入れることになってしまっています。でも、それではあまりにも表面的だと私は思うのです。
  愛の本質に触れると、愛は喜 びというひとつの感情だけでは なく、苦しみも含めて、すべて を内包した大きなものであるこ とがわかります。
  娘が生まれたとき、あまりに愛おしくて、もし彼女に何かあったら、私は本当に苦しくなると思いました。そして、どんな苦しみがあったとしても、彼女を愛そうと決めたのです。
  愛とは、けっして何も感じなくなる場所に逃げることではありません。
  私がいう「どちらも」の視点に立ち、深い目覚めの状態になると、深遠な安心感を得ることができます。ですから、自らを犠牲にし、リスクをとることさえも厭わなくなるのです。
  人生とは、いつも多幸感に包まれることでも、絶対苦しまなくすることでもない。生きていることを実感しながら、個人の魂として進化し続ける旅なのです。
  もし誰もがそのように生きられるようになったら、人類は、すべての命とつながって、個人を超えたワンネスという次のステージへと向かうでしょう。
  そのために、私には役割があります。まず、人々に直接的なノンデュアリティのワンネスを感じてもらうこと。そして、私は哲学者ですから、次のステー ジへと向かうために必要な、新しいスピリチュアルな哲学を人々に提示することだと思っています。
  2018年 1月に日本で行うワークショップでは、覚醒状態に入っていくための哲学をお伝えし、そして、他者との深いつながりにフォーカスするいくつかの誘導瞑想を行います。私が20年以上教えている、とてもナチュラルな瞑想法です。
  そして、目に見えるものだけではなく、目に見えないものともつながり、意識のある存在があなたを見つめ返している―― そんな経験をしてもらいます。 ワークショップに参加される方にワンネスに目覚めてもらいたいと思っています。

雑誌『StarPeople』vol.65 (ナチュラル・スピリット社)インタビュー記事より


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