真の目覚め体験について

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StarPeople  vol.43
StarPeople  vol.43

人生は神秘である̶人生に接しながら、その神秘に気づく

著書『気づきの扉』で、人生の不思議や神秘を教えているティモシー・フリーク氏。先頃、日本で初めて行われたワークショップでは、実にシンプルな方法で、個である自分と同時に他人との一体感も感じさせ、参加者に感動を与えてくれた。そんなティモシー氏に、真の目覚め体験について伺った。



見なければいけない真実に体験のなかで気づいてほしい

一一 まず初めに、『気づきの扉』 を書いたきっかけをお聞かせください。

ティモシー  私はいままで、伝統的なスピリチュアルを探求し、何冊か本を書いてきました。ですが、今回はそれらの知識を新しい形で伝える本を書きたいと思いました。 シンプルでいて表面的でないもの、 極端に行き過ぎたものでなく、深い所に触れるものを書きたいと思いました。実際に書き始めると、何千何万もの言葉が溢れてきたのですが、これといって満足のいく言葉に出合えませんでした。もうだめだなと思い、すべての原稿をゴミ箱へ捨てようとしたとき、偶然あるフレーズが私の目に飛び込んで来ました。それは〝意識をしながら夢を見ている、目覚めた状態〟と書いてある段落でした。私はその段落だけを拾い上げ、あとはそのまま捨ててしまったのです。



—— 読者の方々に自分自身のよ うな体験をしてほしいという思い から、この本は書かれたというこ とでしょうか。

ティモシー  その通りです。 なぜなら、それぞれの人生のなかに、必ず見なければいけない真実があるはずだからです。それをみなさん自身の体験で、気づいていただきたいのです。私は多くの古典を読むことで、奥深い体験をしてきました。特に道教の本は、コンパクトでありながら影響力がありますが、現代の言葉で、そんなふうにコンパクトで起爆剤となるような本を書きたいと思いました。しかし読者のみなさんには、この本に書いてあることを一言も信じなくてもいいとお伝えしたいのです。あなたがこの本を読んだ体験そのものが、あなたに教えてくれると思っているからです。



—— 本の中で、内なる神性のために、自身の人間性を手放す必要がないと書かれていますが、ティモシーさんの考える覚醒や目覚めとは、どのようなものでしょうか。

ティモシー  私は本の中で「7つの内観」について書いています。 その6番目に、自然のなかにパラドックスが内包されているということを書いています。この本を書いてから、ますますそれを強く感 じるようになりました。
  私たちが人間である本質をそのまま良しとすれば、私たちの内側にある神性というものも、同じように素直に受け止めることができると思うのです。私は哲学者ですから、疑問に思うことが大切だと思っています。伝統的なスピリチュアリティに対しても、私は中立で懐疑的な立場を取ってきました。 万物と同じように、スピリチュアリティも止まっているのではなく、 時代に合わせて進化していくべきだと思っているからです。私たちが覚醒していくことによって、ますます私たちが万物のなかにある共通項として、ひとつに結ばれて いるだけでなく、限りなく個別であること、単一の素晴らしさをもっていることを強く感じるようになりました。



—— ティモシーさんのワークショップのベースであるパラロジカ ル( para-logical ・造語)という思考法について、ご説明いただけますか。

ティモシー  パラロジカルという思考法は、自然に訪れる洞察力の根っこにあると思います。科学を追及したり、クリアな思考を追及していくと、必ずそこにやってくると思います。私たち、そして人生には、相反することがあるものです。ですから、あらゆる二極性を作っている世の中のものに対して、両方(陰陽、タオ)を受け入れる器の広い考え方が必要です。
  〝目覚め〞るとは、私たちは全体でありながら、一個のものであるということを知ることではないでしょうか。私たちが自分自身の個性を排除しようとするほどに、 ワンネスを体験することはますます難しくなってしまうのです。



——いま多くの方が、目覚めにフォーカスされています。伝統的なスピリチュアルにおける悟りや覚者のイメージが先行するようにも思えますが、リアルに目覚めていくには何が必要なのでしょう。

ティモシー  私は、世の中には普通の人しかいないと感じています (笑)。特別な聖者もいないと思っています。私は中国の道教や日本の禅の伝統を尊敬していますが、 そのなかに出てくるマスターたちも、非常に愚かだったことが書かれています。そういう姿を読み取ることで、マスターを自分に投影しないようにする。マスターを求めず、自分自身のなかにあるものを確立させようとしているのではないでしょうか。
  私は、いままでのアイデアを全部脇によけて、新鮮な目で物事を見ることを強く主張しています。 もしかしたら、私たちが本当に見るべきことはとてもシンプルで、ただ見落としていただけかもしれません。私たちが探しているものは、完璧な、何か特別な状態ではないということに気づくことです。 なぜならば、永遠に不変な状態というものはなく、自然のなかに常に変化し続ける存在であるからです。ワンネスに目覚めることなどではなく、むしろ求めるものは深い愛なのです。
  私たちがあらゆるものと等しい、またその一部だということに目覚めると、万物と人々が密接につながっていることを感じられます。 これは、誰にでも体験できる内容なのです。私はみなさんと何も変わらない人間なのですから、私に体験できるのならば、みなさんも絶対に体験できるのです。それは自然に起こります。私たちがもっと自分を開くことができれば、ますます容易にそのような状態になるでしょう。
  さらにパワフルなのは、私たちがともに目覚めることです。私たちのなかにある、より深い自分自身を見つけることができれば、それをお互いのなかに見出すことができます。そしてお互いを見れば、それは取りも直さず自分のなかにあるものだと分かるということ。 それが愛であり、慈愛なのです。



—— 読者の方々に、目覚めに向けたメッセージをお願いします。

ティモシー  とてもシンプルなのですが、人生は神秘であるということ。私たちは人生に接しながら、 それがどんなに神秘的なことか気づいていないように思います。十分な好奇心や不思議さに感動する気持ちがないと、私たちは半分しか生きていないことになります。 ですから、生活のなかの神秘に注意を向けて、自分自身を深い驚きの感情で満たすことが大切です。
  私が伝えたいことは、常識に相反することがあるので、なかなか腑に落ちないかもしれません。そのような箇所も、何度もそのページに戻って、好奇心と神秘に対する感動をもって接すれば、突然気づく時が来ると思います。みなさんへ助言するとすれば、最初の直観に集中するということ。そして、さまざまな好奇心をもち続けながら、何度も直観のところに戻って味わってみる……。それが究極の方法です。

雑誌『StarPeople』vol.43 (ナチュラル・スピリット社)インタビュー記事より


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