ティムの宿泊型リトリート参加者の分かち合い

日本では今回が初めての宿泊型リトリートのため、リトリート参加者の分かち合いは海外の方の分かち合いになります。週末ワークショップよりも、自然の中で過ごす宿泊型リトリートの方がさらに深い体験となります。

  • 私は世界中で数多くのリトリートに参加しました。そのどれも素晴らしかったのですが、これほど感動したリトリートはありません。
    ティムは私が今まで出会った人の中で、最も意識が高く誠実な人です。本当に凄いことです。

    (スーさん)

  • 仏教系リトリートに何度も行ったことがありますが、このリトリートでは今までにない経験をしました。ティムとは彼のワークショップで出会い、今回、初めて彼のリトリートに参加しました。彼が私たちをこんなに早く深みに導くなんて思いもしませんでした。すでに初日の最初のエクササイズで、本当に深い瞑想状態になったのです。彼は瞑想という言葉を全く使わなかったのですが、ただエクササイズをしているだけだと思いきや、いつの間にか、彼は私たちを深い瞑想状態に導いたのです。(チャーリーさん)
  • ティムは、驚くほど造詣が深い人で、複雑な問題を最もシンプルに説明します。しかも、愛と叡智と創造性とユーモアに溢れて。
    話の内容だけでなく、彼の存在のエネルギーもまた私たちの理解を助けます。私たちが実際に彼から受け取っている多くは愛なのです。
    すべての土台というのはまさに愛だということを、私たちは彼から実に受け取ることができるのです。(ジニーさん)
  • リトリートでの体験を言葉で伝えることはとても難しいです。伝えようとすると、そのすべてがこの感動に溶けていきます。
    言葉にできることは、参加者の皆とつながるという貴重な機会を得たということです。
    ただ言えることは、今週末、私はリトリートに参加している皆とつながる貴重な機会を得たということです。
    これこそ、私が人生でずっと求めていたことでした。
    私はこれまでただ愛する人を求めては、相手が私を愛してくれるのを求めていたのです。
    しかし、このリトリートでは、性別や年齢などすべてを超えた愛があって、ただ私は参加者の皆を、この安心できる空間で愛していました。
    正直言って、次のリトリートが今から待ち遠しくてたまりません。(クリスティーナさん)
  • ティム・フリークは、素晴らしい、ほんとうに素晴らしい人です。私はほんとうに彼のことが大好きです。彼と一緒に過ごした、この週末の毎瞬毎瞬が素晴らしいものでした。教えのシンプルさも、現実を深く観る彼の物事の捉え方の深遠な意味合いも、本当に素晴らしいです。多くの参加者が真に愛されていることを、同時に感じたことも感動的でした。(シャーナンさん)
  • ティムのような人が肉体をもって生きているということを、想像してみてください。
    彼の存在の何から何までが、彼の話していることをにじみ出ているのです。(デニースさん)
  • 今週末は、僕の人生で最高の週末だったと言えます。リトリートで得たことを、家族や自分の人生に持ち帰れるのが楽しみです。
    なぜなら、私は全く別人に生まれ変わったからです。(トッドさん)
  • 今から15年ほど前、わたしは”テキサス州ダラスの最初のユニテリアン教会に座っていました。このとき、生や死や日常におけるすべてのことに対するわたしの物事の見方を変えるきっかけとなる人物と出会うことになるとは想像すらしていませんでした。このとてもおもしろそうでユニークな人が、イエスのミステリーということについて語るのを聞きに来ただけだったからです。

    彼はとてもエネルギーに満ち溢れ、ユーモアたっぷりで、わたしたち聴衆と共に完全に在りました。そして、彼はその週末に行われるワークショップにわたしたちをいざない、わたしはこれまでに得たことのない体験をしました。

    その後、わたしはダラスやカンザスやラスベガス、そして、オランダやイギリスで開催されたティムのワークショップやリトリートに参加しました。わたしは進化し、わたし自身についてとわたしの真の性質をより深く理解するようになりました。ティムはわたしがこれまでに出会った人の中でも、もっとも謙虚で親しみやすい人で、わたしの信頼する指導者であり、わたしの友人となったのです。

    ティムは自ら”グル”や"指導者"と主張することはなく、ただ冗談めかして”スタンドアップ哲学者”と自身のことを謙虚に名乗っています。"どちらか一方"というように人生を判断するのではなく、"そのどちらも"包み込むということをわたしたちに示しています。ワンネスに深く目覚めるという喜びに溢れる体験において、わたしたちが自分自身や他者と心地よく完全につながる方法をティムは開発したのです。

    ティムは彼のユーモアやユニークさに溢れる著書をこれまで数多く執筆していて、その内の何冊かはニューヨークタイムズ紙のベストセラーにも選出されています。
    最新の著書に『Soul Story』というすばらしい本がありますが、彼の心と魂に響くワークにどっぷり浸かるには、実際に彼に会うことが一番です。ティムのリトリートに参加することができるのであれば、ぜひとも参加されることをわたしはお勧めします。リトリートは、あなた自身と、そして、今後の人生であなたが出会う人に、あなたがもたらすことができる計り知れない最高の贈りものとなるでしょう。

    (ヴィッキーさん)

  • ティムさんのワークショップで簡単な瞑想があり、彼が誘導で「まず意識を静寂に向けて」と。するとすぐに深い瞑想に入り、あっと思うと、大宇宙の中で、星がさんさんと輝き、しばらくすると、その星が消えていきました。あっと宇宙は無なのかとと思うや否や、一面がやさしいふわーとピンク色の温かい空間になり、愛だと、空の中は無ではなく愛なんだと気づいたのです。 そして、帰宅後の夜、その時のエネルギーが再びさざ波のように押し寄せて、私は波に中の一粒のしずくでありそれが大海へと溶けていきました。
    またそれから、毎日がいろんな体験で、ある時ジェットコースターの椅子の前の手すりをしっかり握りしめている私がいて、これは、ある執着であるとわかり、その手をパーっと離したのです。すると、光の高原の中で、目の前の木の扉を開けると、さらなる光の中で、私はくるくると踊っていたんです。嬉しくて嬉しくて。そして瞑想が終わると同時に笑いがこみ上げました。これが、きっと空(くう)の体験です。
    また、ティムさんのあの大きな愛を思い出し、ある人のハートをイメージしながらその愛を思いっきり吹き込んだ時、私は大宇宙のセントラルサンの前で、さんさんと光を浴びていました。そして、光の高原の中でした。そこは太陽族の方々の輪の中に入れられて、胴上げをされました。おそらく、良く戻れたね、仲間だよ、お帰りと・・・・。
    そして、大きな恐れと死の恐怖を体験させられ、どうやら23年間の学びが終了に近いことを知りました。
    母の死から1年近く、長い間ずっと探していた、1億5千年前この地球へ共にきたツインフレームのパートナーも今出会い、そのストーリーにお別れの時が来ました。あまりにも波乱万丈な人生で、それが今終わろうとしています。
    その最後の解決が、ティムさんのおかげでした。 (KMさん)



清里リトリート参加予定者の分かち合い

印象は今も鮮やか

ティムさんが愛に溢れた方だと、数年前の一夜の東京でのイブニングの時、大変強く感じ、とても心惹かれたことは、忘れられません。彼の笑顔は見た人の魂を磁石のように引きつけ、光で包み込み、幸福感に満たされます。大変稀有な体験でした。またお会いしたいと願っていました。願いが叶って、感動しています。彼のリトリートに日本で参加できること、なんて幸せなんでしょう。ありがとうございます。(JNさん)

とても楽しみにしています

山川紘矢さんのブログでこのプログラムを拝見いたしました。
今回のプログラムをとても楽しみにしています。
どうぞ、よろしくお願いいたします。 (HSさん)

もう楽になっていいよ、大丈夫だから。

ティモシー・フリークさんの気づきの扉という本を読みました。
読後不思議な涙が流れました。
新しい考え方に触れたということではなく、彼のエネルギーに触れた感じがして泣けました。
もう楽になっていいよ、大丈夫だから。
そんな感じのエネルギーを感じました。
何かかたくなだった部分が崩壊し始めました。
清泉寮に行っちゃうしかないって感じです。 (原島清和さん)

車輪のような愛

母の亡くなった日が、東京で、ティムさんのワークショップでしたの。お葬式をボイコットして参加したんです。ガイドの導きでした。それだけに、すごい体験でした。

帰宅後、その時の体験が、再び、さざ波のように押し寄せ、私は大海に溶けていきましたし、それから ずっと先でもっとすごい過去生のご縁を知りましたし、出会う時期が来ていたようでした。

どのような過去生であれ、すべてはストーリーであり、また、それは空(くう)ですよね。
それをこの1年しっかりと体験させられ、猛スピードで動かされています。
今、それぞれの方たちに役目が与えられて動いているのでしょうね。

ティムさんの、あの車輪のような愛は、きっと皆さまに必要です。

参加者の女性も言いました。
父親から得られなかったスキンシップの愛、また夫からも得られなかった愛を、ティムさんに補充されましたと。
私もそうでしたよ。

どうぞ皆様にお伝えください。
きっと素晴らしいリトリートになるでしょう。
清里には、私の友人も北軽井沢から移動して住んでいますし、今一番いい場所のようですね。
行きたい場所です。 (KMさん 70代女性)


直感が導いた出会い

平成の時代がもうすぐ終わろうとしているこの頃、とてもステキなことが頻繁に起きてくる。
私はそれらに触れ、感じ、抱きしめ、そして存在の中に柔らかく静かに、そーっと溶けていくように感じる。

先日、友人との電話の会話の中で、私は初めて「ティモシー・フリーク」という人の名前を聞いた。
スピリチュアルティーチャーでイギリス人。
情報はこれだけだったが、これで十分だった。

もし、彼に会えるなら会いたいと思った。
まず瞬時に直感で思ったことに驚いた。
私は慎重派のタイプで、どのような人で、どのような教えをするのか、前もってよく吟味して納得したらセミナー等にも参加する。
しなければ行かない、という考えをずっと持っていたし、今までもそうしてきた。
ところが今回は全くちがった。
すごくちがったので驚いたけれど、むしろすぐにこの直感に従おうと思った。
書店で彼の書いた『神秘体験』を購入した。

「ただ真実を知りたい」この一念で歩き続けてきたこの15年。
2年前から、これが暗闇を通り抜けるということなのかと思えるような不安定で混乱に満ち、自分の側面を受け入れられない苦しみ、恐れ、落ち込みのプロセスを重ねていた。
そして、どういうわけか今年の5月末、突然、それらのプロセスが終わった。

その後、苦しみによって割られたハートのその中から愛がじわじわとしみ出てくるような日々に変わった。日々の生活は以前と同じなのに何故か私の見方、聞き方、感じ方、それらのすべてが変わってしまった。

ハートの部分は常に微妙に振動していて、時折苦しい位うずく。
特に職場である保育園の園児達と触れ合う時、彼らへの愛おしさに自分でも圧倒されてしまう。
まだ純粋な彼らにこの波動が伝わらないはずもなく、彼らも又まるで砂糖に群がるアリのように私にまとわりついてくる。
仕事に行っているのか、癒されに行っているのか、わからない。

彼らと十分に走れるよう、彼らをしっかりと抱っこできるよう、スポーツジムに通い、筋トレも始めた。
ずっとふたを閉めっぱなしだったピアノを再び演奏することもはじめた。自分で弾きながら泣くというのを初めて経験した。

そんな時、この出会いが訪れた。
彼の本を読んですぐに存在の仕業だとわかった。
今の私にぴったりだったから。

マインドは少し抵抗した。
「霊性が進歩すれば、外側はより静かになるはず。まだ真実を見ていないのに間違っているかもしれない」と。
このマインドの忠告は、全く私に影響を与えなかった。
私はマインドに「忠告をありがとう」と言って見送った。

私はこの本を読んでいる間、何回も清里の清泉寮で彼の話を聞いているビジョンが浮かんできた。
そして、心の中でこれは実現するものなのだろうという静かな確信があった。
そして勿論この時は4月に実際に清泉寮でリトリートが行われることは知らず、後に友人から開催決定を知らされた。
知らされた時、驚きはなく、やはりそうなんだという静かな喜びがあった。

リトリートの申込みは1月半ばから始まると友人から言われたけれど、私はこの時(12月半ば)に申し込みを決意した。
すると決意した直後から私のハートはさらに踊りだしてしまい、毎日、ワクワク、ドキドキ、ウキウキがもうどうにもとまらない!って感じになった。
これら一連の出来事は、彼の表現を使わせてもらえば、すごい「WOW!!!」だ。

本の中で辛かった、しかし自ら進んで意識的に苦しんだこの2年間を祝福してくれる文章に数多く触れ、私は深く癒され満たされた。

その内容の一部を紹介したい。


ティム(わたし:K)であることは、時々困難を伴うが、私は忍耐を持って接する。
深い目覚め、愛への旅の英雄としてエゴを讃えたい。

ティム(わたし:K)は、肉体が死ぬその時まで洗練しつくり直し続ける作品。
勿論、未完成で未完成であることは誰にとっても大変なこと。

ティム(わたし:K)は製作中の作品。
意識し愛する人間という試み。

私にとって目覚めのすばらしさは、私の人間らしさをあるがままに受け入れさせてくれること。
深い神性と、同時に人間性を抱きしめる目覚め。

深い自己を意識する時、私は確実に安全だと知る。
それは大きな安心感だが、ティム(わたし:K)は脆い人間であり続ける。
本質的に安全であると知ることが人間としての脆さを消し去ってくれるわけではない。
その反対で、そう在ることでティム(わたし:K)はいかに脆い存在であるかを知る。

深く目覚めている時、敢えて脆くあることができる。
自分を守るよろいを脱ぎ、優しさとリアルさを感じる。
ハートは開き、共有される脆さにおいて、他者とつながり、優しさを経験することができる。

深く目覚めている時、人間としての恐れが魔法のように蒸発するのではない。
むしろ、深い自己の安全さにあって人間として生きるという、恐ろしい仕事に向き合うことができる。

どちらかではなく、どちらも。
愛と恐れ、どちらを選択するというのは、間違った二分法。
愛と恐れは仲間であり、敵同士ではない。

私は深い自己の本質的な安全に意識を払いながら、同時に人間としての脆さを抱きしめる。
そうすると、恐れながら、恐れる必要はないと知る。
これが勇気の経験。

深い自己に目覚めながら、人間性を祝福する。
深い自己である私は永遠に自由。

深く目覚める時、私は人間であること、それがはらむ、あらゆる葛藤や苦しみも含めて、そのすべてを満足している。
人間性から自由でありながら、人間性に取り組んでいる。
自分のすべてを、それとして意識すること。

時間の中にいない深い自己に、より意識的になると、時間のある私の物語に、より入り込めるようになる。
人間であることを愛することができる。

深く目覚めることは、深い愛の体験であり、曖昧な人間性をありのまま受け入れることを許してくれる。

わたしたちは皆ここにいる。
あなたとわたし、皆。
すべてはこの驚異的な生きることにおいて、ひとつ。

一人一人が存在の神秘の個性的な表現。
一人一人が不完全な人間。

そして、深い愛を感じると、自分をそしてお互いを、ありのまま抱きしめることができるようになる。




ティムさんの本全体から伝わってくる波動は、温かく受容に満ちていて、私は自然に楽にハートが開かれるのを感じる。
ハートが開かれると、何とも心地良いフィーリングが浮上し、時にそれが涙になったり、愛おしさになったり、ウキウキ,ワクワクした喜びになったりして表現される。

私は、目覚めの道そのものを一歩一歩、しかし着実に歩いていることを心から嬉しく思う。
そうさせてくれた私のこれまでの波乱万丈の人生ストーリー。
私は初めて、波乱万丈の人生ストーリーを歩いてきたKとしての私自身を深く讃え、その労をねぎらいたい気持ちでいっぱいになった。 (UKさん 60代女性)

人生、出会うべき人には必ず出会う〜83歳になった母との会話

ティムさんのリトリートが開催されることを知人から聞いて、早速、母との参加を検討しました。
私はまだサラっとHPを確認しただけでしたが、すぐに母に電話をかけて「これも何かの縁だよね~参加しない?」と母に言ってみると、母も「そうだね~そうしよう」と・・・
私も母も何の躊躇も違和感も無く、参加を決意。直感、インスピレーションでしたね~。行くべきだと思ったのです。とりあえずティムの顔写真だけ母に送りました。

翌日は、母との温泉旅行の予定でした。宿について食事も終わり、一服したときにスマホでティムさんのHPを母に見せ、ついでに母に読んでもらい私が聞き手になりました。(笑)なぜか、そうした方が良いと思ったのです。スマホの字を拡大して一生懸命、母は文句も言わず読んでくれました。感謝。

その中でワンネスへの目覚めへのガイド、多くの人を深い覚醒、ワンネスへと導いているというところで、二人して「凄いね~凄いよ~ガイドしてくれるんだよ~」とその時点で既に興奮気味(笑)ワクワク状態でした。二人でところどころでワォ~とはしゃぎながらHPと動画を全て見終わりました。知人のメールにワクワクしていると書かれていたのですが、私達も同じ状態になってしまいました。(笑)

私はティムさんは目覚めた人であると確信、覚者に共通する言葉、全ては“ひとつ”そして友人として個人のエゴの受け入れ。目覚めの体験ができる。その意識の状態を、本に書いてある知識ではなく、実際に自分自身で体験できたときの喜びが味わえるのはリトリートならでは。母も同じ事を言っていました。

私の中では個の人生には深遠な意味があるという認識へティムさんが導いてくれるというところにもとても興味があります。ずっと、その意味が知りたいと思ってきたから。そしてそれぞれ自然な変容が起きるよう、心を開くことができる環境を生み出すことに長けているティムさんなら、安心して委ねることができると思いました。

母とも話しましたが、「今回、言葉は必要ないかもしれないね。言葉の壁はないかも。次のステップのために私たちの前に現れた人かも」と言うと母も「そうだね~。きっと」魂同士になれば会話は必要ないですものね。母のワクワク感がひしひしと伝わってきます。

つい先日、聞いた言葉に「人生、出会うべき人には必ず出会う。しかも、一瞬遅からず、早からず。しかし、内に求める心なくば、眼前にその人ありといえども縁は生じず。」(森信三)本当にその通りだなあ~と。自分から進んで求める心がなければ、目の前に出会うべき人がいても関りは生まれない。

あまりにもグットタイミングだったのでその話も母にしたら、「そうだよね。先ずは行動に移さないと何も起きないわね~」と。人生、悪い経験も良い経験も全てその人にとって大切で大事な経験であり、不要なものは何一つ無いと母としみじみ話しました。

HPの分かち合いにも掲載されていましたが、母も私も愛情不足かもということでティムから愛を補充してもらいたいねという願望もありあり。(笑)どんな経験、体験をさせてもらえるか4月のティムのリトリートが親子共々楽しみです! (旭川市在住YTさん、MUさん)

「ワンネスに目覚める」清里リトリートに参加します!

今、最っ高にワクワクしています。\(^o^)/
なんかもうとんでもないことになるなって感じています。
爆発的な喜びが沸き上がってきています。
僕の中のセンサーはマックス振り切れそうに反応しています。

YouTubeでたくさんティムさんの動画を見ました。
本は日本語のやつを二冊読みました。
もう最高だなぁ~って思いました。
理屈じゃない。
もうすべてどうでもいい。

僕は彼のリトリートに行きます。
間違いなくぶち抜けます。
今まで何度もしてきた一瞥体験を遥かに凌駕するものすごいものが僕を待っている。
それを僕は知っています。\(^o^)/
どっひゃぁ~~~~~って大爆発すると思います。
楽しみです。

ティムさんは最高だと感じています。
これマジ間違いない。
今回参加される皆さんはもう家族みたいなもんなんだと思っています。
このリトリートの開催に感謝しています。
ありがとうございます。
もうね、いっちゃうよぉ~~~~\(^o^)/
頭の中は花火がどっかんどっかん上がっています。

We are all one.
じゃない。
Weはいない。
誰もいない。
Oneしかないってこと。

すべてに降参するってこと。
ビッグ・ラブに飛び込んじゃっていなくなってもいいってこと。
境目なんかハナからひとつもなかったってこと。
僕は暖かいベッドから一度も出たことがないってこと。

すべて100%腑に落ちるんだろうな。
最っ高に楽しみ!
爆発的な喜びそのもので生きます。
このまま清里に突撃します。

皆様とお会いできるのを本当に心から楽しみにしています。
千葉県から一人で参加します。
原島清和(はらしまきよかず)です。

\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/  (原島清和さん)

ただ飛び込みます!

生きていく中で出会う人、起こる出来事、必要な教えは
自分に合わせて出てくるものと思います。
今回のティムのリトリート、
本を読むにも全然進まず中身をまるで理解できません( ;∀;)
でも、自分には躊躇する感覚は全くなく、
行って飛び込んでしまえば何とかなるだろう。
きっと今の自分に必要な教えと気づきがあるだろうと考えています。
このリトリートに参加する方々も、
きっと今必要であるからこそ、参加に導かれたのだろうと思います。
その中に身を置くことがとても楽しみです。(40代女性)

ふところの深さ


ティムさんは、世界の代表する宗教であるキリスト教、イスラム教、仏教、ヒンズー教や、インド哲学、禅、チベット仏教、道教、宇宙、自然の本質的なエッセンスを得て、それを独自に表現し、表現するだけでなく、現代に生きている私たちを目覚めに導く活動をされている素晴らしい方だと思います。

真理のエッセンスを生きたものとして、死と向き合い、過去の重みを希望へ変化させるリトリートを行ってくださることが素晴らしいです。

ティムさんには、いろんな相反することがらをそのままに受け入れて、ひとつになっているワンネス、ふところの深さを感じます。どのようなことも絶対に否定することのない海のような深い安心感を感じます。

日本で初のリトリートがほんとうに楽しみです。 (KAさん 50代男性)

楽しみです!

三十年余りこちらの世界を探究-探求して来、行き着いたのが、
「私は真我、すでにそれである」。
私とは意識であって、活動する意識(個我)なのか、
休息している意識(純粋意識、源)なのかという違い。
全ては活動する意識の創造、幻想で意識の外側には何もない等々。

結局は自身(意識)と、自身の内と向き合うことでしか、目覚めは起きない。
個の「私」が解放されない限り目覚めは起きないというところに納まりました。
意識を意識していこう、いま-ここ-この瞬間を生きていこう、
全てをあるがままに受け入れ俯瞰していこうと心掛けて、はや十数年たってしまいました。
なかなか進展は……
歩みが止まってしまったような、時に放たれた風船のような、無駄に存在しているような、
ここにいるんだけどいないような色んな感覚があります。
形(物資、身体、思考というエネルギー)との自己同一化の水面から時折顔を出し暫しの平安…
そしてはまたいつの間にか水面下に、無意識に。そんな毎日です。

山川さん御夫妻もいらっしゃるのですね。
今回、どんなリトリートになるのか楽しみです。
リトリートが愛と光で満たされ祝福されますように!
ありがとうございます!  (60代女性)


本の感想

ティムさんの著書『神秘体験』の冒頭で、次の文章に出合った。
「この本でのコミュニケーションがハートとハートで向き合う対話となることを願っている。最も美しい方法で、あなたとつながりたいのは、お互いがお互いにとって本物である時に、そこに魔法が起こるから。あなたに触れるために1ページ1ページを書き記そう。そして、読み進める中、ここに記された内容が紙に印刷された文字以上のものであることを忘れないで。時空の網の中、私たちは異なる場所にいる。でも、ここで今、私たちはともにある。」

まさしく、私は、この文章どおりのことが起こっていることを知り、ハートが熱くなった。そして、ティムが私の生まれて初めての親友となった。一言も言葉を交わしていなくても、一回も会っていなくても…。

この本には、私が通ってきた2年間の辛かったトンネル生活、その時の状況や私の気持ちなどを見事に解説してくれるところが多々ある。私は読みながら何度も「そう、そう、そうなの。」と全く見ず知らずの人が、こんなに自分の状況や気持ちを的確に表現・解説してくれていることに驚いたし、すごく嬉しかった。ハートが痛いほど震えて何回も泣いた。
すぐに私はティムとの間に深いつながりを感じた。私の求めていることとティムが歩んでいる道そのものが同じだから。
そして、話したことがなくても、一度も会ったことがなくても、ティムは私の人生で初めてできた親友となった。すごいと思った。

こんなことが起こるなんて。内在神の粋な計らいにハートがドキドキワクワクした。
私は自分の目覚めに対する想いを認識する時、そこには一切混じり気のない純粋な、それだけの想いであることがわかる。どんなに探しても、その背景に取り引き計算は全くもって見当たらない。
だから、この想いが内在神に届かないはずはないと自負している。なので、内在神からの導きを絶対的に信じている。それは、人生がどこへ流れて行こうとも、また、どのような状況を連れてきても、私は自分の肉体に乗っかって旅を続けていくということ。
内在神が私の元に運んでくれる人生のすべてを、それが楽しいものであっても、苦しいことであっても、ただ抱きしめたい。大きく両手を広げて。それがはっきりとわかっている。そのことが心から嬉しい。

新しい年を迎え、さらに変化が続いている。ハートの部分にはいつもカイロが入っているように、それは温かいだけでなく、常に微細に振動していて軽く電気が流れているように感じる。感電死しない程度に。そのハートが「WOW!」に触れると、さらに爆発する。それは、涙になったり、爆笑になったり、信じられないほどの愛おしさになったり。
私:Kは日常生活の中で、恐れたり、ムカッとしたり、嫌悪したりして生きている。でも、またそこに同時に、恐れていない、ムカッとしていない、嫌悪もしていない、静かで優しい愛と受容があることがよくわかる。

そして、何よりも何よりも嬉しいのは、恐れたり、ムカッとしたり、嫌悪したりする私:Kをもう拒絶しないということ。私:Kが恐れている時、そこに同時にある“それ”は、本当に柔らかい微笑みをたたえながら、ただじーっと静かに見つめている。“それ”は何も言わない。何のアクションもしない。ただ優しく深い抱擁があるだけ。これこそが、私がずーーーーーーーっと求めていたこと!

私:Kを受け入れられず苦しんだ2年間。その苦しみと徹底的に向かい合った2年間。内在神は、ずっとそれを見て感じていてくれたと思う。そして、私の望みを叶えてくれた。
私が“それ”の方へ意識を向けると「WOW!」はすぐに現れ、私は深い抱擁の中へ溶けていく。ただ、ただ、涙が溢れる。その時、私の好きな音楽がBGMとして流れていると、「WOW!」は、より大きくなる。「私:Kのすべてを無条件で受け入れたい。私:Kと完全に和解したい。」心からの切なる願いが叶えるまで、私は次のプロセスへ向かって歩いて行きたい。 (UKさん 60代女性)



以下は、『神秘体験』(ナチュラルスピリット社)を読んで、目覚めの支えになったところを、"ですます" から "である"体にして抜き出した一部の抜粋です。また、文中のティムは自分の名前に置き換えて読み進めたことが、わたしには非常に役立ちました。


・神秘に意識を向けると神秘体験が立ち上り、すると意識の状態は、すぐさま変化を始める。意識の状態に変化が起こると、こうして自分が存在していること、そして、それがどれほどすばらしいことかをはっきり見て取ることができる。いつもの世界を好奇心と共に見つめるようになる。精神(マインド)が把握する現実はちっぽけなものだと認めるようになる。ハートは生きる喜びにワクワクするはず。けれど、これは神秘体験の表面的現れにすぎない。神秘に深く潜れば潜るほど、神秘体験もまたさらなる深さを私たちに見せてくれる。

・神秘体験に深く入る時、私は愛の海に溶けてゆくように感じる。宇宙と一体になる驚きと閃きの感覚がそこにある。感覚的肉体が目覚め、意味の模索は言葉なき理解に解け出し、それはあまりに深く、深いがゆえに考えとしては経験されず、そこには「すべてよし」という確かな確信があり、我が家に辿り着いたような安心感がある。

・私はスピリチュアルな探求を経ても、なおかつ、そう望み、また想像していた永遠の目覚めには達していない。一方でもっとすばらしいことが起こった。そう、私は生きることと恋をするようになった。そして、ある日、すべてを変える何かに気づいた。私は完璧に無条件に生きることを深く愛するようになった。良い時も悪い時も、健やかなる時も病める時も、喜びにおいても悲しみにおいても、生きることの恋に身を捧げていると知った。“存在すること”がもたらす愛が、山あり谷ありの人生との恋愛において、私を支え続けている。だからこそ、たとえ、起こっている出来事が好きになれなくても生きることを愛することができる。良い時も悪い時も生きることに身を捧げ嵐に耐え、雨の中で踊ることができる。神秘体験を探ることで私の人生は恋愛へと変容した。そして、スピリチュアルな探求に対する見方も変わった。永遠には辿り着くことはできないだろう究極の悟りを望むことはなくなった。その代わり生きることに見合った恋人になろうと決めた。

・この冒険の旅は、生きることにワンダーすることからスタートするが、人生がワンダフルつまりすばらしさに満ちているとは感じられない瞬間が多々あることも重々承知している。もし、今、あなたが辛い時を過ごしているのであれば、この先に書かれた内容が、あなたより幸せな日々を過ごす人間のまくしたてる人生謳歌ではないことをわかっておいてほしい。私たちは生きることについて現実的である必要がある。目覚めの冒険をするのであれば、悲しみ、迷い、怒り、苦しみ、囚われ、孤独をはらんだ生きることの暗闇にも足を踏み入れなければいけない。そこに足を踏み入れなければ自由になることはできないから。

・目覚めについて頭で理解したものの、まだ経験してないという人もいるかもしれない。知的理解は、大きな助けになるが、「わお!」を経験するためには思考を超えなければならない。

・私にとってのスピリチュアルな冒険は、本質においては愛にまつわる冒険。ハートを開くためには、マインドを澄んだ状態にする必要がある。

・目覚めは肉体から切り離された悟りの経験ではない。それは肉体的に生きる感覚を経験すること。深く目覚めている時、私たちは存在することの愛を本能的に感じ、それは、皮膚に包まれた体と呼ばれる神経、肉、骨へと浸透する。すばらしい肉体!これは誰もがすべき体験。

・深く目覚めている時、私は「生き生きとした状態」と呼ぶ情熱的な状態に入る。その状態にあって私は力強く今ここにあり、その瞬間を心より愛している。

・生きることと恋をしているからといって、人生はすばらしいと常に感じるわけではない。それは生きることをそのまま丸ごと愛すること。良いこと悪いことのどちらも抱きしめる。人生の騒乱を情熱的に楽しみ、寛容に耐え、それらを通じて愛することを学ぶ。「わお!」に目覚めるのはすばらしい感覚だが、それは単に心地良い感覚ではない。深く愛することは時として深く苦しむことでもある。目覚めることで、私は愛に支えられ、意志をもって苦しもうとする。そうする時、心を痛めることも、また意味を得て心に響き、美しく輝く。しっかりと耳を傾けると生きることの「わお!」はさまざまな音色で奏でられていることがわかる。喜びに満ちた恍惚の「わお!」もあれば、じっと耐える悲しみの「わお!」もある。興奮に溢れた希望の「わお!」もあれば、落胆に嘆く「わお!」もある。親しみの温かさがほとばしる「わお!」もあれば、胸を貫くような喪失の「わお!」もある。生きることの音楽は長調で奏でられることもあれば、短調で奏でられることもあり、私はそのどちらにもかき立てられる。

・生きることが解いてみたいと思わせるほどに大きな謎であったからこそ、私はスピリチュアルな探求の旅に出た。しかし、やがて私は問こそが答えであったと気づいた。人生は神秘。それこそが生きること。神秘を知る時、生きることは何なのかをとても親密に知っていて、そこに言葉は必要ない。

・物語と神秘の両方を意識することが大切。矛盾するようだが、自分の物語をしっかりと把握している時、神秘においてリラックスすることはより簡単になる。生きることが何なのかを知りながらにして知らないと気づいている時、存在することの荘厳な謎と恋におちる。私を取り巻く神秘をまるで温かな抱擁のように感じ、私の内にある神秘がすべてを確証する存在であるように感じる。恐れてなどいない。驚異の念でいっぱいだ。

・私たちが知っている、あらゆる物語の中心は深い神秘であるということが、この中であなたと分かち合いたい論理を超えたメッセージ。深い神秘の中心には深い知恵が横たわっている。それは直接的なもので言葉に媒介されることはない。それは“すべてが良い”という静かな確信。大切なのは愛だけだという揺るぎない信念。これは数えきれないほどの世代を通してスピリチュアルな探求を行った人々が口々に伝えてきた荘厳で興味深い洞察。何でもないようなシンプルな気づきがすべてを変える。真実はあなたを自由にする。“目覚めること”は、“知らないこと”と同じだけ簡単。この大胆なメッセージの神髄を理解してほしい。生きることに深くワンダーすることへとあなたを誘うので「本当は何も知らないのだ」という深い状態にあって、意識の状態にどのような変化が起こるのかを見てほしい。生きることについて、知りながらにして知らないという理論を超えたアプローチをしてほしい。生きることが意味を成すように、私たちはその物語を必要とするが、「わお!」を経験するには、何が起こっているのかを本当は知らないと理解しなければいけない。目覚めのアートとは物語と神秘の両方に気づいていること。本当に何も知らないのだとハッキリ知るには多少の努力゜が必要。物語は物語に過ぎないと知り、根本において深い神秘に気づく必要がある。ハートの真ん中にある言葉で答えることのできない言葉なき問いに意識を向ける。言葉にすることのできない問いに生きることの深い神秘へと連れて行ってもらう。

・ただ呼吸することの喜びに浸れることは実に美しい経験。

・私は時間を取り、ティムの物語での出来事について感じていることをたっぷりと受け入れた。別れの悲しみを讃えた。後悔と恐れを認めた。そして、その物語をしばし傍らに置くことを選んだ。意識的に物語から身を引き、この瞬間の時間を超えた安らぎにおいて自分をリフレッシュすることを決めた。この瞬間の神秘に深く入ると、そこにあるのはせせらぎの音楽だけで、私の心掛かりを優しく撫でながら取り去ってくれた。私のハートは開かれ、存在することの深い愛を感じ、表面上の出来事がどうであれ、すべては良いと深く知っていることに気づいた。意識の状態が変容するまで時間を超えた瞬間に留まった。そして、直感的に「今だ!」と思ったその時、注意を物語に戻した。その時、私は自分の苦難を新たな視点で見つめ、何をすべきか知っていた。

・私は意識していることに意識的。私は存在していることを意識している。常に存在するとても神秘的な存在であると感じる。私は変わり続ける経験の流れを見つめる変わることのない静けさ。経験の流れにおいて私はティムと呼ばれる人物として現れる。けれど、本質的には私は展開し続けるティムの冒険を目撃する気づきそのもの。これが私の深い自己。私は気づきの存在であり、これはすべての経験の背景。これが私の裸の存在。身体は私がそう現れるもの。気づきは私がそうであるもの。アイデンティティの表層において、私はティムと呼ばれる肉体。アイデンティティの深みにおいて、私はティムの冒険を見つめている気づき。表層において、私の身体は感覚の世界に存在している。表層において、私は物理的な客体として現れている。深みにおいて、私は本質的なスピリチュアルな主体。客観的にいえば、私は物理的な肉体。主観的にいえば、私は気づきの存在。世界は気づきの内に存在する。気づきが私の経験の中にあるのではなく、経験が気づきにおいて起こっている。

・ある視点からは、私は物語に登場する人物であるように見える。もうひとつの視点から見ると、私はすべての経験が立ち上がる広大な気づき。明晰に生きる時、人生の物語はそれまでと同じように続くが、私は世界にありながら、世界にないことを理解しており、生きることの経験は変容する。私の本質は、時間において展開するティムの冒険を目撃している。私はティムを通じて意識している最上の存在。特定の自分として個別化した無意識の場。私はこの意識的な肉体として個別化された無意識の宇宙。肉体は宇宙から切り離されているように見えるが、それは本質的に宇宙とひとつであり、独立した存在ではあり得ない。私は意識的な個ティムとして立ち上がる無意識のワンネス。私の存在は、他の存在から切り離されているように見えるが、すべての存在は本質的に生きとし生けるものとひとつ。私はすべてのものから分離しながら、それらとひとつ。根源の気づきは永遠の存在であり、時空には存在しない。時空は気づきに立ち出る分離の夢という個性を築く。存在の根源的場はあらゆるところにいつも在る。

・私にとって目覚めのすばらしさは、私の人間らしさをあるがままに受け入れさせてくれること。深い自己に目覚めながら、人間性を祝福する。表面においてティムは不完全で脆く傷つきやすい存在であると意識している。そこにすべてを包み込む愛がある深い自己を意識している。怯えた子どもを抱きしめるようにティムを抱きしめ落ち着かせようとする様子を想像する。栄光なる欠点と共に、ただそれであるという理由でそのままのティムを愛する。

・生きることは進化のプロセスであり、人生の目的はどこかに到着することではなく、旅をすることそのもの。過程こそが目的。自分自身に忍耐強くあること。それはぶつかり合うペルソナ達の内なる対話。多種多様な内なる意見に耳を傾けること。傷ついて愛されない自分をなだめて暗闇から連れ出し癒されるまで優しく抱きしめる。そして愛に溢れた深い自己の現れへと進化するために、自分の性質を受け止め欠点を許す。自分自身に落胆した時、俯瞰し、深い自己の視点から分離した自分を見つめる。まるで問題を抱えた子どもの母親のように。葛藤する子どもと向き合う時と同じ慈愛で自分を抱きしめる。ありのままのティムが愛に値すると知るまで。目覚めはスピリチュアルな到達点ではなく、あらゆる瞬間すべての人が触れることのできる自然な状態。

・生きることの恋人であることは聖なる探求において、愛の現れになるために生きることを愛する英雄であること。勇敢に愛を確信し、目の前に立ちはだかるジレンマに向き合う。英雄は葛藤し、失敗し、傷つき、けれど深い自己から沸き起こる内なる力を見出し、敗北から舞い戻り、再び愛する。愛する英雄は過酷な挑戦に向き合っていると知っている。人生は自分を持ち上げもすれば引きずり落としもすると謙虚に知っている。謙虚でなければ謙虚であるように強いられることも知っている。これらを知った上で、勇気をもって愛の冒険において一歩一歩を進む。愛する英雄であることは、生きることの女神に身を捧げること。女神が与える試練を受け入れ、それを通じて愛に値する恋人となり、女神が求める偉業を成し遂げることで愛を証明し、私たちという形なき彫刻に線を刻むために嵐を耐える。生きることの恋人であることは、人生は良いものであり、そして悪いものであることを受け入れること。人生は楽しむものであり、そして耐えるもの。楽しんでいる時、生きているのは最高の気分。耐える時、知恵と慈悲は深まる。耐えることは耐えられるようになることであり、そうすることで強くなる。魂は鍛えられ、眩しい日射しの中だけでなく、嵐の中でも立ち続けることができるようになる。天気がどうであれ、愛することができる。スピリチュアルな挑戦とはハートを閉ざすことなく試練に立ち向かうこと。いやそれ以上、苦しみによって自分を開く。苦しみは辛い経験だが、喜びやワンダーと同じだけ目覚めさせる力を持っている。愛する英雄はかき乱される準備ができており、その混乱を通じて自由になる。愛が流れ込むためにハートは幾度も破られ開かれる必要があると知っている。英雄は荒々しい角を磨いている痛みに向き合う準備ができている。経験は良いことと悪いことの間を流れると知っている。絶望と希望、失敗と成功、苦しみと恍惚の合間を上がっては落ちていく波を乗りこなす。 

・深く目覚めている時、ティムは悟りの泡の中に消えるのではない。むしろ、ティムは生き生きとする。目覚めとは自分自身の人間性を否定することではない。個性を祝福し、個人として生きることの鋭い美しさを堪能したい。エゴとは個人である私としての感覚であると言える。ワンネスに目覚める時、個人としての自分の感覚が無意味な幻想として消え去ることはない。逆に個としての私がどれだけ大切か知る。私は私を消し去りたいとは少しも思わない。できるだけ一緒にいたい。私がなければ、そこに意識もないから。個性は祝福するべきものであって、中傷の対象ではない。深い愛に目覚めると、分離した自分は愛を運ぶ乗り物になる。個人としての自分は、この世界における基盤であり、それを土台として目覚めていく。それは存在の無限の可能性のすばらしく特徴的な表現であり、根源のワンネスは個を通じて生きることを経験する。自分につけられた条件づけに疑問を持つ時、初めて本当の個人になる。エゴは生きることの物語の英雄。存在としての私はエゴである分離した自分を通じて生きることの冒険を経験する。エゴは小さなちりでありながら、お芝居の主役であると理解する時、謙虚さと共に力強さを感じる。ワンネスを意識しながら、あなたの人生という冒険の英雄であることができ、分離した個人として力を得ることができる、目覚めるためにエゴを消し去る必要はない。深い自己にも気づけば、それでよい。しかしティムとしての経験はすばらしい旅だがティムは時として苦痛の種でもある。でも、それでも私はティムをスピリチュアルな自分にとっての重荷であるとは考えていない。様々な欠点にも拘らずティムを愛するようになったから。ティムであることは時には困難を伴うが、私は忍耐をもって接する。深い愛に目覚める旅の英雄としてエゴを讃えたい。

『神秘体験』(ティモシー・フリーク著、ナチュラルスピリット社)より抜粋




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